最近、「運命」やら「天才」やら
そんな事を考える。
「天才」って確かにいると思う。
でも、その称号をもらえる人って、どれだけの人に知れ渡ったかによるとも思う。
凄い才能があったとしても、それを発揮しきれない人だってたくさんいる。
人生の後半で、廃れてしまったら、またそれは、無かったものにされることも。
そして、たくさんの世界の人に知れて、やっと「天才」と言われる。
「運命」も、なんだか、納得いかない。
「出会うべくして出会ったんです」とか聞くと、なんだかむずがゆい。。。
特に、恋愛で使いたがる人が多いけど
運命運命って言って、数年後別れてたら、それは違うんじゃなかろうか?
人生、偶然の連続だと思う。
今日食べたご飯も。
今日転んだ事も。
今日誰かに出会う事も。
良い偶然と、悪い偶然はあるわけで。
自分の人生で、確かに、「これは!」と思う出来事ってある。
でも、それもただの偶然です。
私がステンドグラスを始めたのも、近所に制作会社があったからです。
もし、なかったら。。。バイトに行ってなくて、違う職についてたかも。
もしかしたら、違うところでステンドグラスに会ってたかもしれないけど
それは、分からないもの。
たまたま「素敵な偶然」があっただけです。
永久的な、特別なものって、信じたくなるだろうけど。
人の気持ちも、状況も、変わるんだからさ。
「運命」なんて言葉で、自分の気持ちを縛らなくていいと思う。
「変らない事」も、美しいけど。
「変わる事」も、とても勇気ある素晴らしいことです。
たか
11月 12, 2015 at 10:19 pm
人生で起こること全てが偶然だとしたら、とてもつまらないことですね。
何かに向かって努力することなど無意味ですね。
私はそうは思わないですけれど。
vitrail
11月 12, 2015 at 10:31 pm
行く先は、自分の努力であると思います。
人生で起こる事、出会う人を
どう重要視してるかも、自分次第なんだと思うんです。
自分の信じたいものだけを、「運命」という言葉でしがみつくのは
悲しいようにも思う事があるんですよね。
本当の最期に、「あれは運命だったなぁ」ってわかるような気がするんです。
なので、今は、何事も決めつけたくないなぁと思うんです。